大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 昭和32年(う)903号 判決

控訴人 被告人 野田満三 外一名

弁護人 桜井紀

検察官 菅原次麿

主文

原判決(但し被告人野田満三については有罪部分)を破棄する。

被告人野田満三を免訴する。

被告人中島隆夫を禁錮二月に処する。

但し被告人中島隆夫に対し、この裁判の確定した日から一年間右刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用中証人長谷部兼益、同道山昭二、同熊崎輝澄、同吉村秀勝、同所秀吾、同野田潔子に各支給した分及び当審における訴訟費用(証人関智に支給した分)はいずれも被告人中島隆夫の負担とする。

被告人中島隆夫に対する昭和二七年八月一三日付起訴状記載の公訴事実中昭和二四年七月二八日岐阜県条例第二八号違反の点につき、同被告人を免訴する。

理由

本件各控訴の趣意は、被告人野田満三、同中島隆夫各提出の控訴趣意書及び右被告人両名の弁護人桜井紀提出の控訴趣意書各記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

職権を以つて調査してみるのに、被告人野田満三に対する公訴事実(無罪が確定した集団行進参加の点を除く)は昭和二七年七月二二日関市安桜小学校校庭において開催せられた林百郎代議士の議会報告演説会終了後、関市警察署へ集団行進を行うことを企て、同日午後一〇時三〇分ころ、法定の除外事由がないのにかかわらず所轄公安委員会の許可を受けないで同演説会の聴衆に対し、同日同演説会場附近に遺留してあつた関市警察署自転車の処置を諮り、その際警察官の置いていつた自転車を先頭に関市警察署ヘデモをかけようという旨の叫び声をなし、そのころ同校庭から聴衆約二、三百名とともに同市月見町及び相生町を経て同市住吉町関市警察署前まで集団行進をなし、もつて示威運動を組織したというのであり、被告人中島隆夫に対する公訴事実中(一)は、右同時同所において右記載の如く被告人野田満三の組織した無許可集団行進にその情を知りながら赤旗一本を持つて参加し、もつて示威運動に参加したというのである。

すなわち、被告人両名の右の各所為は、いずれも昭和二四年七月二八日岐阜県条例第二八号行進または示威運動に関する条例一条に違反するものとして、同五条の罰則の適用を求められたものである。そして同条例一条は「集団行進又は示威運動(以下単に示威運動という)はあらかじめその場所の所在地の区域を管轄する公安委員会の許可を受けないでこれを行つてはならない」と規定し、本件の如き示威運動を行うには、あらかじめ所轄公安委員会の許可を受けることを必要としているのである。

ところで同条例一条に、示威運動に関して許可を管掌する行政官庁としての「その場所の所在地の区域を管轄する公安委員会」というのは、同条例制定当時施行せられていた改正前の警察法(昭和二二年法律一九六号)二〇条、二七条、四〇条、四三条並びに同条例四条二項に「公安委員会は、第二条に規定する申請を許可しなかつた場合には、遅滞なく公安委員会の属する県市町村の議会に対し、その旨及び理由を詳細に報告しなければならない」とあるのを綜合すると、右条例一条にいう「その場所の所在地の区域を管轄する公安委員会」というのは、改正前の警察法にもとづく所轄の県、市、町、村の公安委員会(以下単に県市町村公安委員会という。なおここに県公安委員会というのは同法にいう国家地方警察の運営管理を行うべきものをいい、改正後の警察法による県公安委員会とは自ら性格を異にするものである。)を指すことは明らかである。

ところで、昭和二九年七月一日改正警察法(同年法律第一六二号)の施行によつて、同法附則二項により従前の国家地方警察及び県公安委員会は廃止され、また同法施行によつて、市町村の自治体警察及び公安委員会も廃止せられ、前記岐阜県条例一条において、本件の如き示威運動を行うことに関して許可を所管事項とする岐阜県市町村公安委員会(本件においては関市公安委員会)も右警察法の施行に伴つて廃止されたのであつて、今日においては同条例において本件の如き示威運動に関して許可を管掌する行政庁は存在しないこととなつたのである(もつとも前示警察法は、同法七九条で同法実施のため必要な事項を政令に委任し、これにもとづき昭和二九年六月一九日号外政令一五一号警察法施行令が公布され、同附則一九項には、かような警察機構の改変に伴う警察の事務に関する市町村条例の経過措置が規定されたけれども、右の経過規定には従前市町村条例によつて自治体警察の機関または職員の事務とされていた事項に関する経過規定であつて、本件の場合の如く、県条例によつて県市町村公安委員会の事務とされていた事項に関しては適用のないものである。また当裁判所が職権によつて調査するところによれば、岐阜県においてその後同条例の運用に関し、条例をもつて右示威運動の許可機関として県市町村公安委員会に代る機関を制定した事実のないことも明らかである。そして又、昭和二九年七月一日岐阜県公安委員会規則一号の従前の岐阜県公安委員会及び市、町公安委員会のした定の効力の経過措置に関する規則が、右許可機関について条例の内容を変更すべき経過措置を定めることのできないことも明らかである。

そうすると右岐阜県条例は少くとも同一条に関する限り、現実に作用することのできないものというのほかなく、従つて同条の違反を処罰する同五条の罰則も今日においてはその適用の余地はなく、効力を失つたものといわなければならない。(昭和三五年七月二〇日最高裁判所大法廷判決集一四巻九号一三五頁参照)もつとも、この点について、本条例の場合は、最高裁判決にかかる静岡県条例と異り、示威運動に関する許可行政機関は単に抽象的に、示威運動を行うべき場所の所在地の区域を管轄する公安委員会とされていて、市町村公安委員会と限定されていないことを理由として、改正前の警察法にもとづく所轄の県市町村公安委員会が廃止された後は、当然にその所轄公安委員会とあるのは、改正後の警察法にもとづく県公安委員会と読み替えるべきであるとの議論もあるが、本条例一条にいう許可行政機関の意義については、既に見たとおりであつて、本条例が許可行政機関を特定の機関に指定しているのを、条例自らがなんらの措置を行つていないのに、これを換骨脱胎して、他の機関と読み替えるが如きことは、許されないところと解すべきである。すなわち被告人両名に対しそれぞれ公訴にかかる前記犯罪事実については、刑訴法三三七条二号にいわゆる「刑が廃止された」一場合に該当するものと解すべきであり、被告人両名に対する右各犯罪事実については、同条を適用して、それぞれ免訴の言渡をなすべきものである。

被告人中島隆夫の公務執行妨害に関する弁護人の控訴趣意及び同被告人の控訴趣意について、

(一)弁護人の控訴趣意第一点第六点について

所論は被告人中島に対する道山巡査の岐阜県条例違反の現行犯逮捕は、これが権限の濫用であつて違法な公務執行行為である、すなわち原判示の集団行進が平穏に終了し群集は解散しようとした際、警察側において何ら警告もなく、突如武装警官が棍棒を振り廻して岐阜県条例違反の現行犯人として右集団行進に参加した被告人中島を道山巡査が逮捕しようとした行為は、憲法二一条、一五条二項、地方公務員法三〇条、警察官職務執行法五条の規定の精神からいつて、現行犯逮捕の濫用であり、違法な公務執行行為であるから、これに対する妨害は公務執行妨害罪を構成しないというべきであるというのである。

所論にかんがみ本件記録を精査し、原裁判所及び当裁判所が取り調べたすべての証拠を検討し、原判決引用の原判示第一及び第二の(一)の事実に関する各証拠を綜合すると、被告人中島は日本共産党党員として当時同党岐阜県委員会関細胞の構成員なるところ、昭和二七年七月二二日夕刻岐阜県関市安桜小学校校庭において開催された日本共産党岐阜県委員会関細胞主催の林百郎代議士議会報告会に主催者側の一員として出席していたものであるが、同日午後一〇時三〇分ころ、法定の除外事由がないのにかかわらず所轄公安委員会の許可を受けないで相被告人野田満三が右演説会に参集した聴衆に対し、集団行進をなすべき旨呼びかけ、これに呼応して組織された聴衆約二〇〇名と関細胞員の集団がそのころ右校庭から関市月見町通り、相生町通りを経て、関市警察署前までに至る全長約四〇〇米の関市街路上(幅員約五米ないし七米)を公衆の路上通行、使用を妨害する態勢をもつてした集団行進に、その無許可集団行進である情を知りながら、赤旗一本(証第一号)を持つて終始加わり行進して参加し、同日午後一〇時五〇分ころ同市警察署前路上において前記集団行進をしてきた群集とともに路上を占拠していた際、関市警察署勤務司法巡査道山昭二が他の警察官数名とともに、昭和二四年七月二八日岐阜県条例第二八号違反現行犯として被告人中島を逮捕しようとしたことを認めることができる。そして同被告人の右の行為は前記条例一条、五条に該当し、同条例は同被告人の右行為当時においては有効(その内容が所論の如く憲法二一条に違反しないことは、既に昭和三五年七月二〇日最高裁判所大法廷判例の趣旨に徴し明らかであるから、同巡査の職務行為が憲法同条に違反するものでないことも明らかである。)と解せられるので、右認定のような状況のもとに同条例違反の現行犯人として被告人中島を逮捕する道山巡査の行為は適法であり、(同巡査の職務行為が憲法一五条二項地方公務員法三〇条、警察官職務執行法五条に違背するものとも認められない。)これに対する妨害行為が公務執行妨害罪を構成することはいうをまたない。論旨は理由がない。

(二)弁護人の控訴趣意第七点及び被告人中島隆夫の事実誤認の論旨について、

所論は被告人中島は原判示第二の(二)のように道山巡査に対して暴行を加えた事実はないのにかかわらず、これを認定した点において原判決は事実を誤認しているという。

所論にかんがみ、本件記録を精査し、原裁判所及び当裁判所が取り調べたすべての証拠を検討してみると、原判決引用の原判示第二の(二)に関する各証拠を綜合すれば、被告人中島は原判示の日時ころ、原判示の場所において関市警察署勤務司法巡査道山昭二が他の警察官数名とともに、前記岐阜県条例違反現行犯人として同被告人を逮捕しようとした際、所携の旗竿(証第一号)をもつて、同巡査の右前額部を殴打して暴行を加えた事実を肯認することができるのであつて、記録を精査してみても、右事実につき原判決には所論のような事実誤認のかどある事由を見出すことはできない。論旨は理由がない。

よつて被告人両名に対する公訴にかかる前記岐阜県条例違反の事実については、原判決前に刑の廃止があり、この事実については免訴の言い渡しをすべきであつたのに、原判決が免訴しなかつたのは法令の適用を誤つたもので、その誤りは判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但し書、三三七条二号を適用し、被告人野田満三を免訴し、被告人中島隆夫の公訴事実中(一)の前記岐卓県条例違反の点を免訴することとし、同公訴事実中(二)の公務執行妨害の被告事件について、更に次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人中島隆夫は日本共産党員として、当時同党岐阜県委員会関細胞の構成員なるところ、昭和二七年七月二七日夕刻、岐阜県関市安桜小学校校庭において開催された日本共産党岐阜県委員会関細胞主催の林百郎代議士議会報告会に主催者側の一員として出席していたものであるが、同日午後一〇時三〇分ころ、法定の除外事由がないのにかかわらず、所轄公安委員会の許可を受けないで相被告人野田満三が右演説会に参集した聴衆に対し、集団行進をなすべき旨呼びかけ、これに呼応して組織された聴衆約二〇〇名と関細胞員の集団が、そのころ右校庭から関市月見町通り相生町通りを経て関市警察署前までに至る全長約四〇〇米の関市街路上(幅員約五米ないし七米)を公衆の路上通行使用を妨害する態勢をもつてなした集団行進に、その無許可集団行進である情を知りながら、赤旗一本(証第一号)をもつて終始加わり行進して参加し、同日午後一〇時五〇分ころ、同市警察署前路上において、前記集団行進をしてきた群集とともに路上を占拠していた際、同市関警察署前において待機していた同警察署勤務司法巡査道山昭二が、他の警察官数名とともに、行進または示威運動に関する岐阜県条例違反現行犯人として同被告人を逮捕せんとするや、逮捕を免れんとして所携の旗竿(証第一号)をもつて右道山巡査の右前額部を殴打して暴行し、もつて同巡査の右公務の執行を妨害したものである。

(証拠の標目)

一、原審第二回公判調書中被告人中島隆夫の供述記載、

一、原裁判所の証人井上庄吉に対する尋問調書、

一、井上庄吉の検察官に対する供述調書、

一、原審裁判官の証人井上庄吉に対する尋問調書、

一、原裁判所の証人金子久男に対する尋問調書、

一、原審裁判官の証人金子久男に対する尋問調書、

一、原裁判所の証人尾関金一に対する尋問調書、

一、尾関金一の検察官に対する供述調書、

一、原審裁判官の証人尾関金一に対する尋問調書、

一、原審第八回公判調書中証人森肇の供述記載、

一、小笠原知二の検察官に対する供述調書、

一、原審裁判官の証人小笠原知二に対する尋問調書、

一、原審裁判官の証人山田悦男に対する尋問調書、

一、関市警察署長証明書、関市公安委員会証明書、

一、司法警察員の実況見分調書、

一、原審第六回公判調書中証人長谷部兼益、同道山昭二の各供述記載、

一、原審第七回公判調書中証人熊崎輝澄、同吉村秀勝の各供述記載、

一、長谷部兼益、道山昭二、熊崎輝澄、吉村秀勝の検察官に対する各供述調書

一、原審第九回公判調書中証人所秀吾の供述記載、

一、医師阿知波尚兄の診断書、

一、押収にかかるこわれた眼鏡(証第三号)同写真二枚(証第四号)

一、押収にかかる赤旗等黒塗旗竿各一個(証第一号)、

(法令の適用)

法律に照すと、被告人中島の判示所為は刑法九五条一項に該当するところ、所定刑中禁錮刑を選択し、その所定刑期範囲内において同被告人を禁錮二月に処し、諸般の情状刑の執行を猶予するのを相当と認め、刑法二五条一項に則り、同被告人に対しこの裁判の確定した日から一年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用の負担については、刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して、主文第五項掲記のとおり同被告人に負担させることとする。

以上により主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 影山正雄 裁判官 谷口正孝 裁判官 中谷直久)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例